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「城_総合」
近隣諸城

今城

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(城主小池家累代の五輪塔と云われる)


248バイパスの多治見可児市境にある今城。

通称「愛宕山」のぽっこり小高い山にある。
昭和33年4月までは愛宕神社があったそうだ。

当集落には小池の苗字が多く、実際に小池刑部家継なるものが天文年間に築城した。
その小池氏も森氏が兼山城に入城すると、他近郊の城同様に服従を迫られ城を明け渡す事になる。
その後帷子郷で帰農したと云われる。
大手門前後に小池庄九郎・小池兼一・時次郎他、武家屋敷跡が広がり、小池神社もある。

小振ながら主郭後方に土塁、周りに横堀を巡らし小曲輪を分断する。
正面大門から主郭を見上げる切岸は急峻だ。
その正面曲輪南に井戸跡が残る。

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(正面曲輪より主郭を望む)

高田氏が岐阜県中世城館跡総合調査報告書で、
小牧長久手の頃、森氏により改修されたと推定する最たる根拠・喰違い虎口。
また、搦手口奥には枡形虎口が控える。
狭い面積を巧く活かした作りで外部から否が応でも勢いが止まる。
1段高くなる虎口へ進むと背面が遮断される土塁にストレスが貯まる。

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腰曲輪でマムシが日向ぼっこしていた今城。
単純に技巧的な城、大森城の縄張りに似るといった何処にでもある内容で終わらすつもりはなく。

僕が興味を抱いている一つに、東池田城(脇之島砦)との共通性(小牧長久手の頃の虎口)があること。
同時に廃城時期が森長可が戦没した1584年頃とされていること。
要は脇之島砦稼働期間の比定にできることだ。

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(二の丸曲輪と主郭を遮る横堀)

もう一つに当城南側に、犬山焼祖の奥村愽三郎の窯跡があること。
また別項で書きたいが、今は竹藪が根を張るもサヤが散見され確かに窯が有った事実を確認できる。
この奥村氏は小池氏と同時期に森氏に追い出された大森城城主・奥村氏の流れを汲むものか。
興味は尽きない。
なお、数年前までは城で使用されたとみられる陶片も落ちていたが、
既に何一つ遺物は落ちていない。
来る人が増えるという事は、そういう事だ。

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(逆に主郭より二の丸曲輪を望む)





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