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城_総合

幻の城

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東池田城を調べるに辺り、遺物というキーワードがあるため周辺古窯をこの数年間、徹底的に歩き回っていた。
同様に周辺の城・廃寺含む寺院・石仏も出来うる限り訪問している。
それも苦手な蛇がいない冬の時期に限定しているため、気温10度超える最近になりシーズンオフを迎えた。
これからの季節、まとめた考えを文におこす作業が中心となる。

さて、今年は城関係で2つも新発見があった。

一つが【脇之島城】、もう一つが【幸田城】である。
どちらもずっと気になっていたことだったので嬉しい。

【脇之島城】は直接的に東池田城に縁があると考えられる城。
諸文献には全く見られず、地元だけが知りうる情報。
唯一、昭和54年発行の【脇之島の歴史】が初見で、城訪問でよく利用させて頂いている【岐阜県中世城跡総合調査報告書/可茂地区・東濃地区】【日本城郭全集7】にも載っていない城だ。

【幸田城】はあくまで?だが、これも追い求めてやっとらしき場所を見つけた次第、なので【幸田城(仮)】とするのが正しいかもしれない。
当城は、いわゆる「遠山十八城」の一つ、旧土岐郡に所在したと伝わるもその場所が不明で見つかっていない城だ。
もちろんこれが幸田城という根拠はなく、文献的な裏付けもない。
但し、その縄張りともとれる地形は、砦レベルでない規模のものだ。
旧土岐郡は古窯歩きでかなり歩きまくっているが、この様な遺構ともとれる場所はなかった。
もしこれが本当に【幸田城】であれば大発見である。
僕の見つけた【幸田城(仮)】は、【岐阜県中世城跡総合調査報告書/可茂地区・東濃地区】には記載されているが、名称も場所も違う。
極力、歴史は固定概念を持たない方が良いという事を過去に痛く学んだ。
やはり歴史は生き物であり、人が作り出すもの、そして地味な積み上げが一番重要だと認識する。

両方とも少しずつの加筆形式で紹介していきたい。
ある意味、圧倒的に文献的資料に乏しい東池田城も幻の城と言っていいと思うが。

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~ Comment ~

初めまして

同じ池田区民です。
苗木城趾や犬山城を見て城や(城趾)が好きやになりました。私はどちらかというと石垣や石を割っていた矢穴を見て楽しんでいます。
池田の城はおいなりさんの裏にあったのでしょうか城というより砦ですよね、それでもわくわくしてきます。
友人のご先祖が信長の家来だったとか、かなり古いご先祖が有り、この辺りの城などを深く調べているようです。この連休のうちに池田を尋ねてきます。陶器にも知識があり、Koyoさんのブログを教えてもらいました。
脇島城、幸田城楽しみですね。

Re: 初めまして

メッセージ有難うございます。
ブログ更新滞って失礼いたしました。
同じ池田区民の方がご覧なられたのはとても嬉しいです。

苗木犬山はいずれも迫力ある石組で圧倒されますね。
4月に両城行って参りました。
犬山城から望む大沢氏の堅城鵜沼城の眺望を楽しみに、
苗木では苗木城前身である広恵寺城の武士館跡を見に初めていきました。
調べてる南北朝・室町期の掘割が残っているんですよ。

池田城ですが、確かに今までの資料はお稲荷さんのところを主郭としたものだけですよね。
ただ、研究している段階で予想以上の広い縄張りを持つ城ではないかとわかってきました。
確証は未だできないですが、根拠の積上げをしている段階です。
また、今まで誰も語られていない場所に竪堀も実は残っているんです。
脇之島城(副)と池田城(主)は、可児の大森城と吹ケ洞砦の関係に似ていると考えています。

これからマイペースで更新しますので、宜しかったらまた遊びにいらして下さいませ。

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大下様

ご友人が織田家のご家来だったとか
興味深いお話ですね!
またそのお話是非おきかせください
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