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池田町屋 / 多治見市の古郷

旧池田城の麓を歩く 〜 旧14号トンネル→川合洞 〜

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江戸後期の池田町屋村絵図にも載っている山道。
昭和初期まで土岐川がすぐ横をぶつかるように流れ込んだ当地に
当時を想像しながら歩きます。

旧14号トンネル下、お稲荷さんがあった鳥居から出発。

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お稲荷さんへ続く道。
室町期には武家屋敷に続く登城道。
明治以降、昭和前期。
間もなく始まる初午では溢れるほどの人が往来したとのことです。

今は風で竹林が揺らぐ音だけ聞こえる静かな道です。

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この石像は?
もしかして行方不明になっていた鳥居前の仏像?

いや、顔がこちらのがスッとしてますね。
赤布もされてません。
別の仏像です。

少なくとも今、幸沢川がゆったり流れている崖は、渦が巻くほど激流だったようで
故意か事故か不幸があってもおかしくない場所。
竹藪にひっそりと隠れるように佇む姿は、落ち着きをもたらします。

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明治28年なので、お稲荷さんが現地に移動する数年前に設置されたようです。
明治20年代は町屋のあちこちで石像が作られてます。

豊岡の湿地にまだ多治見駅ができる前、
斎藤氏筆頭に、江戸時代から引き続き町屋の富裕層が依然大きな力を持っていたことが判ります。

駅の設置は、丁度この地が有力候補だったのですが、
もし出来ていたら多治見の風景もガラッとかわっていたでしょう。

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直ぐ先は川合洞。
この峻厳な谷間は、山城を成す上で天然の防壁となりえます。

戦国期にタイムスリップした気になります。

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対面、幸沢川を望む。
すぐそばには土岐川の合流点、
目前に見えるコンクリートの建物は昭和49年から稼働する多治見し尿処理場。

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対面は垂直近い岩石がそそり立ち、ここを登ります。

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幸沢川、旧土岐川。
ここから見ると当時の古川が目に浮かぶようです。

昭和11年に川替えが完成される前は、年に3回は町屋は大水に侵され、
中央線が開通した直後の明治35年・39年と立て続けに大被害を受けました。

この川合洞から見た地点は、一番川の勢いが強く、岸壁にぶつかった箇所。
山際周囲を見渡すと名残りが残ります。

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先ほど見た岩石を昇った中腹から下を見ます。
この通り、文字通りの崖です。

川合洞の険しさを感じていただけるかと思います。

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斜面を登りきると、ちょうど日比野新七氏の銅像前に。
対面には稲荷さんが顔を見せます。



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