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【  2019年09月  】 

山田砦

近隣諸城

2019.09.29 (Sun)

 瑞浪南部の19号バイパス上丘稜帯にある山田地区。旭王寺東部の標高240m頂上部にある当城は、裏手に墓地もあり歩道があるものの薄暗く生い茂った草木の中をかけ分けて入る。帰りに気づいたが、搦手なのか出口へは意外にもあっさりしている。当山田地区は、秀吉政権下、所謂太閤検地にて上山田百二十石は松岡惣左衛門、八十石分は落合太郎助、五十石分は塙?甚良助、百石分は田中治郎兵衛の各妻木家中、下山田分は同家老の森惣兵衛の...全文を読む

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深沢砦

近隣諸城

2019.09.28 (Sat)

 細久手宿より木曽川へ向かう途中に深沢集落がある。集落入口左手の丘陵が深沢砦である。土岐国氏が子・五郎定氏に与えた地であり、その定氏は正中の変(1324年)で土岐頼兼を中心に一族の多治見国長、兄弟の尾里・猿子らと共に戦死。砦から数百m先に望む集落左端に、定氏のものと云われる五輪塔がある。伝承の五輪塔は周りの五輪塔より大きく、火輪・地輪幅は30cmを超え高さ90cmに及ぶ。東側手前に平坦地があり、作為的に削られれた...全文を読む

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今城

近隣諸城

2019.09.28 (Sat)

 (城主小池家累代の五輪塔と云われる)248バイパスの多治見可児市境にある今城。通称「愛宕山」のぽっこり小高い山にある。昭和33年4月までは愛宕神社があったそうだ。当集落には小池の苗字が多く、実際に小池刑部家継なるものが天文年間に築城した。その小池氏も森氏が兼山城に入城すると、他近郊の城同様に服従を迫られ城を明け渡す事になる。その後帷子郷で帰農したと云われる。大手門前後に小池庄九郎・小池兼一・時次郎他、武...全文を読む

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戸狩城

近隣諸城

2019.09.22 (Sun)

 (戸狩城より瑞浪市街を望む)瑞浪は土岐一族を語るに非常に重要な地で有ることは周知である。同時に、土岐・多治見・可児に比べ遺構が非常によく残っている。他市に比べ名古屋から離れた地の利により、いい意味で開発が遅れた地域だからだ。それは当地域の主要産業・窯業の発展が三河国境側の中馬街道沿いに留まったのも、影響があったと推測する。歴史上表舞台に出る回数の多い城を2つ(鶴ケ城・小里城)抱え、土岐国氏の息子達...全文を読む

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室原城 

近隣諸城

2019.09.15 (Sun)

 (主郭より南側平地を見る)戦国期に稼働した尾張国境隣接の可児氏居城。永禄期には当主・可児秀行が、森可成に従い転戦。ここで注目したのは、当地域が永禄期には既に森氏の影響下にあった事実。可成長男・長可は、ご存じ鬼武蔵の名前に相応しく中濃・東濃一帯を支配下とした事は知られている。兼山城を任された永禄期に、武田の甲州軍が美濃に押し寄せる際、旧可児郡の諸城は織田の旗下に編入される。明智以外に土岐一族も多い当...全文を読む

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「多治見に行く」

池田町屋 / 多治見市の古郷

2019.09.14 (Sat)

 8日池田町屋公民館で敬老会があった。その中で来賓の市長が挨拶で、多治見駅前に高層マンション/14Fまでをホテル・更に下層でショッピングモールができると話された。「駅裏に」行くと会話の中で皆さん使われているが~と言うのが前振りだった。そう言えば僕たちの世代は「駅前・駅裏」に行くって言うなぁと思いだした。うちの中学の娘は「駅前・北口」と言い方が違っている。ただ、自分が小学生の頃は「駅前・駅裏」でなく、「多...全文を読む

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